最高裁判所第二小法廷 昭和57年(行ツ)38号 判決 1985年6月17日
埼玉県所沢市小手指町一丁目一一九番地の七
上告人
安次嶺カメ
同所同番地
上告人
安次嶺榮七
同所同番地
上告人
安次嶺榮次
同所同番地
上告人
安次嶺榮吉
同所一三番地の三
上告人
安次嶺榮助
埼玉県所沢市緑町四丁目七番地の一
上告人
安次嶺榮進
同
所沢市松葉町一一の一一
上告人
安次嶺榮光
右八名訴訟代理人弁護士
中嶋郁夫
埼玉県所沢市新井四三三番地
被上告人
所沢税務署長
村木孝
右指定代理人
亀谷和男
理由
上告代理人中嶋郁夫の上告理由について
所論の点に関する原審の認定判断は、原判決挙示の証拠関係に照らし、正当として是認することができ、その過程に所論の違法はない。論旨は、ひっきょう、原審の専権に属する証拠の取捨判断、事実の認定を非難するものにすぎず、採用することができない。
よって、行政事件訴訟法七条、民訴法四〇一条、九五条、八九条、九三条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 島谷六郎 裁判官 大橋進 裁判官 牧圭次 裁判官木下忠良は、差し支えのため署名押印することができない。裁判長裁判官 島谷六郎)
(昭和五七年(行ツ)第三八号 上告人 安次嶺カメ 外七名)
上告代理人中嶋郁夫の上告理由
一、原判決は判決に影響を及ぼすことが明らかな事実誤認がある。
即ち原判決は契約書(甲第一号証)の解釈について
「その形式がすべて亀助らと次郎との間の契約としてなされているのみならず、組合契約が成立したとするためには少なくとも一定の目的と、それを当事者全員の共同事業として営むことについて全員の合意がなされていなければならないところ、右「契約書」及び「覚書」の記載による合意の内容からは直ちにそれ自体が完結的な一定の目的と亡亀助ら及び次郎の共同事業として営む事業内容とその業務執行方法を定めたものとしては確認し得ず、目的の明示されていない株式会社の新規設立又は既設会社への現物出資・株式取得による経営参加等その目的達成への過程を代行させるため亡亀助らの代理権を次郎に授与することを定めたにすぎない」と述べ、続いて「次郎及び亡亀助らにおいても組合契約締結の認識はなかったのであって、次郎に対する他と同等(六分の一)の株式の分与も亀助らが専ら次郎の知識経験を利用した委任事務に対する報酬としての性格が強いものというべきである」と解し、結局原判決は「亡亀助ら及び次郎が前記「契約書」及び「覚書」に署名・押印したことにより直ちに組合契約が成立し、これにもとづいて現物出資がなされたということはできない」と帰結し組合契約の成立を否定しているが、はなはだ不当な事実誤認であり破毀を免れないと思料する。
二、さて争点になっている契約書(甲第一号証)を検討すれば、まず当事者を甲と乙とに大別し甲を亡亀助ら、次郎を乙として総括している。これは次郎をして組合の指導者としての権利義務を意味し他の者は現物出資者である普通の組合員の権利義務を説明するための便宜的な記載方法を採用したに過ぎず組合の団体性をそこなう程のものではない。又契約書第四項によれば「甲は乙が甲各個人又は総体の代理若しくは代表たることを確認し、乙が選択し又は決定した事実に異議を申し立てずに乙に協力するものとす」と規定しているが、この規定は明らかに甲と乙とを「総体」として捉え甲・乙全員が一丸となって事業に協力する体制を整えた趣旨である。
特に原判決は本件事件の経過を次のとおり認定している。
「亡亀助らは同年秋頃、次郎の自宅に集まって協議し次郎から本件開拓地を一括して工業用地として利用するのが得策である旨をきき、その手段方法等の立案・実行を次郎に一任し、これが実現したときは次郎にもその利益を配分することを了承した。右依頼を受けた次郎は当初亡亀助らにおいて共同して会社を設立して工場経営に当ること、或いは本件開拓地に他企業の工場を誘致し土地を現物出資として株式を取得し、亡亀助らにおいて企業の経営に参加することを構想していた。そこで次郎は右開拓地を工場用地に転用するための農地法上の許可を得るため折衝すると共に誘致すべき工場を探し、キンケイ食品と右開拓地に工場を新設させるための交渉を進めていった。その間、次郎は自らの構想を亡亀助らに周知させ当事者相互間の関係を明確にするため昭和三六年一月二八日亡亀助らを亀助宅に参集させ、予め用意して来た「契約書」と題する書面(甲第一号証)に署名・押印を求めたところ亡亀助らは結局これに同意して署名・押印した。」と判示している。
即ち、この事実認定の要旨は亡亀助らが次郎を指導者と仰ぎ一丸となって本件開拓地三万坪を工場用地に転用するため、その事業目的の達成協力体制を計った趣旨に解される。然るに原判決は完結的な一定の目的と共同事業内容とその業務執行方法とが明確でないと考え結論において本件組合契約の成立を否定しているが、その事実認定と結論とに重大な自己矛盾を犯し引いては本件事案の事実認定ないし契約書(甲第一号証)の解釈を誤謬しているものである。
次に原判決は次郎と亡亀助らとの関係について
「次郎に対する他と同等(六分の一)の株式の分与も亀助らが専ら次郎の知識経験を利用した委任事務に対する報酬としての性格が強い」と判示し両者の関係を委任契約と解するように示唆している。もし原判決のとおり単なる委任契約であるとすれば何故に訴外仲村正一の如くわずか四二二坪しか現物出資していない者、および労務しか出資していない次郎と亡亀助の如く四〇六五坪を提供した者と同等に金八七五万円が配分されたか理解に苦しむ。
まさに亡亀助の所有に係る本件土地が組合財産として帰属しその帰属した財産がキンケイ食品工業に処分され、それによって得た組合の利益金を平等に分配されたと理解するのが右契約書の素直な解釈である。
ちなみに亡亀助および次郎と仲村正一他三名間において別件訴訟において組合契約の成否について争われたが、本件が譲渡された土地を対象とするのに対し別件は本件土地の譲渡後の残地をめぐる訴訟であっておのずと性格を異にするもので、判断の資料とするのは不適切である(乙第一ないし三号証)。
以上のとおり亡亀助の所有に係る本件土地は課税当時には組合財産に帰属していたと解すべきであるから、亡亀助の昭和三六年分の譲渡所得は組合契約に基づいて組合の利益金一、七四〇万九、〇〇〇円の六分の一に当る金二九〇万一、〇〇〇円の配分を受け、更に同三八年分のものは組合の譲渡利益金三、八〇四万一、二〇〇円の六分の一強に当る金六三四万七、〇〇〇円を取得したものとして課税すべきであったのに、原判決はその事実認定を誤り破棄を免れない。
三、原判決の判断には判決に影響を及ぼすことが明らかな所得税法の解釈適用の誤りがある。
原判決は亡亀助が本件土地1ないし3の売却によって現実に受け取った代金はほぼ合計金八七五万円であったと認定しながらも譲渡所得に対する課税は、保有資産が譲渡によって保有者の手を離れるのを機会に保有者に対しその保有期間中の増加益を所得として精算して課税する趣旨のものと解し、右土地の売却代金の現実の収益受を終ったか否かに拘らず、その増加益を亡亀助の収入とみるのが相当であると解釈している。
しかしこの見解によると対価の伴わない資産の無償譲渡の場合にも、特に本件の場合の如く訴訟の遅延等(乙第一ないし三号証)によって反対給付の実現がことさらに遅れている際にも何らかの形で資産が移転するとすれば――例えば組合契約に従って本件土地が現物出資――その事実を契機として当該資産の含み益が実現されたとして、これを譲渡所得の対象とするものである。
即ち本件の場合、亡亀助は合計金八七五万円しか譲渡所得がないにも拘らず、本件土地1ないし3の売却代金総計金二、〇〇七万六、一三一円をもって譲渡所得税の対象となるのである。
従って原判決の課税所得の本質についての解釈は所得のないところに課税所得の存在を擬制するようなもので、実質所得者課税の原則(所得税法第十二条)に反し所得税法の解釈適用を誤り原判決の破棄を免れない。
以上